イカ加工の歴史 |
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笑道会・番頭
吉野史朗氏
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てれすこ・すてれんきょう
落語に「てらすこ」という話があります。ご承知の方も多いと思いますが、殿様に魚の名を聞かれた”物知り”が同じ魚を生の時は「てれすこ」、干物になってからは「すてれんきよう」だと言ったので、殿様の怒りに触れ、危うく打ち首にされそうになりました。ところが、いまわの際の遺言で「子々孫々に至るまで、決して干したイカをスルメと言うな」と言った頓知で命が助かるというのが、その落語の落ちです。
スルメのスルよりアタルの方が縁起がよろしいようで「アタリメ」と行きましょうと言うが、スルメをおつまみにご酒を交わし「何事もスルリと行きましょう」とこれまた反論する縁起言葉、お後がよろしいようで! |
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スルメの歴史
この様に、イカ加工品と言えばスルメが筆頭にきます。平安時代の宮中行事を記録したと言われる延喜式(922年)に朝貢品として既にその見ることが出来ます。更に、北条時代(1203〜1333年)には、コンブ、ナマコ、干しアワビ等とともにスルメは中国への貿易品として輸出されています。その産地として既に岩手県の三陸や北海道の渡島、桧山など今日の主産地もその頃から記録の中に登場してきます。そうしてつい最近の第二次以前までは漁獲されたイカの80%以上がスルメに加工されて来ました。冷凍設備がなく、水や動力輸送機関の利用が限られていた事を考えますと、これは至極当然のことです。つまりイカの歴史はスルメの歴史でもあつたのです。日本人の母なる味覚としてスルメの味に郷愁を覚えるのは、太古の時代からスルメに親しんで来たからです。
一方、イカの加工を試みようにも生イカを安定的に手当することが出来なかった加工業者は、素材としてスルメの利用を考えました。そうして生まれたのが松前漬、刻みスルメ佃煮、伸しイカ、そして味付裂きスルメなど沢山あります。松前漬は江戸時代に松前藩において造られ、将軍に献上されて以来、現在も食されています。また、味付裂きスルメは今日の生イカを原料とする「ソフト裂きイカ」の開発の導火線となりました。 |
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